50代主婦の挑戦!

子供たちが、スマホで色々な事をして楽しそうにしてるのを横目で見ながら、 子供に聞いたら嫌がられ、ググって調べるのもめんどくさい、そして実際やってみるのは 50代世代は勇気がいる。 初めてのことに挑戦します!

保護犬 犬の介護と安楽死を考える。最終話

Nは最後の方は折り畳みのサークルの中で過ごしました。
理由はほぼ円形の為、Nが永遠にぐるぐる歩き回り続けられることと、滑り止めシートを洗う範囲が限られ、
私が少しでも楽になるからです。
ただ、その中でも上手に滑り止めシートの下に足が入って歩けなくなり、サークルの真ん中に私が座ってNを起こし、
ぐるぐる歩かせていました。
疲れるまで歩かせ、サークルの中にNのベッドを置いてその中に寝かしつけるということをしていました。
赤ちゃんにトントンするように。

こんな感じのサークルです。
これは本当に約に立ちました。

夜は一応薬を飲ませて、夫婦の間にNを寝かせ川の字になって休みました。
寝かしつけたり、川の字になったり、本当の子どものようにして過ごしました。
今となっては懐かしい思い出です…。
しかし、Nは寝たと思ったらクーンクーンと泣き始め、またサークルの中で一緒に過ごすという毎日でした。
仕事に行くときもNはサークルの中で過ごしていました。

Nは段々と夜寝なくなって、私たちは寝不足で本当に辛い日々が続きました。
その時も、もう限界もう限界といつも思っていました。
通勤途中、居眠り運転をしてしまい、本当に一瞬の出来事でしたが、反対車線に出てしまい、
危なかった時がありました。

Nには申し訳なかったのですが、その時もずっと安楽死が頭の中にありました。
獣医さんに相談して、その時も結局は安楽死を選べず、薬を変えてもらいました。
もっと寝てくれるきつい薬です…。


先生は、「ただ静かに寝てくれてる都合の良い薬なんてありませんよ」と、いつも言われていました。
「できれば飲ませたくない。」といわれた薬でした。


その薬を飲ませてから、薬の副作用かどうかはわかりませんが、Nは左に向いたままになってしまいました。
その時は人間のネックピローをつけて寝かせていました。

段々とNは寝たきりの状態になっていきました。
サークルも要らなくなりました…。
元気な時に使っていた、普通のフェンスのサークルにベッドを置いてその中に寝かせるようになりました。
夜は私たちと一緒でした…

大き目のバスタオルを肩でくくって、抱っこひもを作り、抱っこしてよく散歩しました。
抱っこして庭で座っていたりしていました。
不思議と外にいると泣かなかったのです。

最後の頃、Nはバニラのアイスクリーム(最初は薬を飲ませるためだけに使っていました。)
しか口にしてくれなくなりました。
あとは、ロイヤルカナンのクリティカルリキッドを薄めたものや、ポカリスウェット等のスポーツ飲料くらいでした。
息してるかなと、お腹のあたりが上下しているかいつも見ていました。


もうそろそろお別れの時間でした。


子供が小学生だった時の国語の教科書に、「ずーっとずっと だいすきだよ」
というお話が載っていて、こどもと一緒に読んで私だけが泣いていたお話がありました。
まだその頃、Nは我が家にはいませんでしたが…。

Nの老化を感じはじめた頃から、このお話を思い出して、
いつもNに「大好き大好き。ずっとずっと大好き大好き」と声をかけ続けていました。

Nは天国へ旅立つ二日くらい前から、大好きなアイスも口にしなくなりました。
シリンジで水分を入れてやると、ぺちゃぺちゃとまだ口を動かしてくれていました。

以前の私だと、病院へ走り、点滴をしてもらったと思いますが、
年末の点滴が本当に正解だったかをずっと考え続けていた私は、もうNをこれ以上苦しませ続けることは
出来ませんでした。

もし、Nが苦しんだら、病院へ連れて行ってその時はもう楽にしてやろうと、家族で相談しました。

旅立つ前の夜、Nは全く食べていないのに、大量にうんちをしました。
まるで旅立つために体の中のものをすべてを出し切るかのように。

お風呂できれいに洗ってやり、いつものように寝かせました。

そして、深夜2時頃いつものように泣いたので、起きてみると、また多めのうんちをしていました。
きれいにしてやり、痩せたNをしばらく抱っこしてまた明日と声をかけて寝かせました。

それが、Nとの永遠の別れとなりました。

朝日が昇るころ、ハッと目が覚めたら、Nはもう隣で静かに息を引き取っていました。
まだ寝ているかのように、温かいままでした。
「もう逝くよ~」って私を起こしてくれたんだと思います。

家族を起こし、温かいままのNを交代で抱っこしてお別れしました。

もうNも力尽きたのでしょう。
Nにとっては辛い時間だったかもしれません。

しかし、本当に安らかで、静かな旅立ちでした。
旅立ちの日、Nと一緒に見た朝焼けは輝いて見えました。

N今までほんまにありがとう。
今もNがずっとずっと大好きやで。(最後はなぜか関西弁 笑)

おしまいです。